【ワダサカ論】vol.6

vol.6 ゾーンプレス

 

私が通っていたスロベニアのコーチングスクールと大学の授業では、当時の最新戦術だった『ゾーンプレス』をスロベニア代表監督に就任していたベルデニック氏から学びました。彼は自らイタリアに行き、トレーニングの見学や試合映像を分析し、スロベニア代表チームにもゾーンプレスを導入しようとしているところでした。実際に代表監督からレクチャーを受ける機会は滅多にないですし、彼から直接学ぶことができる本当に恵まれた環境でした。

ベルデニック氏は来日後、全日空(後の横浜フリューゲルス1999年消滅)でもゾーンプレスを導入したのは良く知られた話です。

そこで今回は、個人的にも思い入れの強い『ゾーンプレス』について書いていきます。

「ボールの周辺でこれほどスペースがなかったことはないが、ピッチ上にこれほどスペースがあったこともない。問題はいかにそのスペースにボールを運ぶかだ」

これは以前、ベルデニック氏に教えてもらった現代サッカーの特徴であり、『ゾーンプレス』が生まれたことで始まりました。

ゾーンプレスはアリゴ・サッキ氏(当時としては珍しく、プロサッカー選手としての経験が全く無いにも関わらず、セリエAで監督に就任。1991年にはイタリア代表監督も務めた名将。ACミランでは8個のタイトルを獲得した)が始めたものと言われています。特にACミランで結果を出したこと、そしてこれまでのサッカーと明らかに違っていたことで一躍脚光を浴びました。これまでのディフェンスとの大きな違いは、「守備側が主体的に時間的空間的プレッシャーをかけ積極的にボールを奪いに行く」という点です。

それを実行するために「ボールマークカバーリング」というディフェンスの優先順位が「ボールカバーリングマーク」に変えられました。これにより、相手のポジション・フォーメーションを気にせず、自分たちのフォーメーションを崩さないままボール付近で選手同士の距離を近くし、相手のプレースペースを無くすことで連続してプレッシャーをかけることができます。やみくもにボールへアタックするのではなく、組織的に2重、3重に網を張り、1人目がボールを取れなくても組織的にプレッシャーをかけ続けることでミスを誘い、2人目、3人目が奪うということを考えます。

前後左右にコンパクトな陣形を作ることでディフェンスラインの背後にスペースができるので、そこを相手に使われないように『オフサイドトラップ』が用いられました。当時はGKを含むディフェンス側の後ろから2人目、いわゆるディフェンスの最終ラインに並んでいたらオフサイドだったので、オフサイドトラップは効果的でした。またこれまでにないスピードでプレッシャーを掛けるので、オフェンス側が効果的に守備網を突破することは非常に難しいことでした。

『ゾーンプレス』が登場して以降、「自陣ゴール前を固めて失点しないこと」を目的としたディフェンスから「ミドルサードでボールを奪って、良い状態で攻撃するためのディフェンス」へと移行していきます。今では当たり前のことですが、当時は画期的な戦術であり、『ゾーンプレス』を採用したACミランはUEFAチャンピオンズカップ(UEFAチャンピオンズリーグ)2連覇するなど、その強さは際立っていました。

サッカーの戦術すべてに当てはまることですが、ある日突然見たこともない新しい戦術が生まれるのではなく、オフェンスとディフェンスの戦いの過程で少しずつ形成されるのです。サッキ氏も74W杯でのオランダ代表(ヨハン・クライフなどを擁し、ミケルス監督が採用した『トータルフットボール』という画期的なシステムで準優勝を果たした)にインスピレーションを受け、ゾーンプレスを生み出したと語っています。

1980年代終わりから1990年代初めは、サッカー戦術の大きな転換点であったことは間違いないでしょう。