和田監督によるコラム【ワダサカ論】連載スタート!

こんにちは!

サッカー観戦になると財布の紐が緩くなる進路サポートデスク 加藤です!

 

今シーズンよりJSCのトップチーム監督に就任された和田監督によるコラム『ワダサカ論』を本日より連載します!!

和田監督は、スロベニアで指導者の勉強をされ、帰国後は多くのJリーグクラブでトップチームコーチや通訳を、JFLで監督などを歴任し、経験と実績が非常に豊富な方です。

そんな和田監督からどんなサッカー論、どんな逸話が聞けるのか非常に楽しみですね♪

 

毎週アップしていきますので、お楽しみに!

 


【ワダサカ論】vol.1 自己紹介

 

初めまして。JAPANサッカーカレッジ、トップチーム監督の和田治雄です。

今日から学校ブログ内でコラム『ワダサカ論』を執筆していきます。特に高校生の皆さん、保護者の皆様、サッカーファンの皆さんに読んでいただけると嬉しいです。

 

まず簡単に自己紹介をします。

1969年生まれの50歳です。おそらく、保護者の方々と同世代だと思います。

和田監督

小学生の時からサッカーをしていました。当時はJリーグもなく、海外リーグのテレビ放送もない時代でした。テレビ放送は高校サッカーを除けば正月の天皇杯の決勝ぐらいだったと思います。

高校生の時、物理の先生が部活の顧問で、練習は選手にある程度任されていました。

その環境に対する不満が、指導者を目指すきっかけでした。

当時は学校の先生になって部活の指導をするという道を目指していました。

ただ後々、その物理の先生の凄さに気が付き、今は彼のような指導者になりたいと思っています。この話は今後、詳しく話したいと思います。

一浪して大学に入り、途中で辞めたりもしましたがサッカー部で23年過ごしました。

4回生の夏にヨーロッパで指導者の勉強をしたいと監督に相談したところ、当時、大阪体育大学の先生をされていた祖母井秀隆氏(ジェフやグルノーブル等でGM・社長を務め、ジェフにイビチャ・オシム氏を招聘でも知られる)を紹介していただきました。

彼は指導者留学の先駆者で、ヨーロッパ中に友人がいます。

その中の一人、当時横浜フリューゲルスでコーチをしていたスロベニア人のズデンコ・ベルデニック氏(市原・名古屋・仙台・大宮・スロベニア代表で監督を務めた)に会わせていただきました。

まだ長期で日本人留学生がいなかったこと、スロベニアが、「東欧のブラジル」と呼ばれヨーロッパ各国に優れた選手を多く送り出していた旧ユーゴスラビアから独立した国であること、ベルデニック氏がスロベニア指導者育成の責任者であることが決め手となってスロベニアで勉強することにしました。

スロベニアのサッカー協会公認S級ライセンスとUEFA PRO DIPLOMAを取得し、帰国してからは小学生から社会人まで様々なカテゴリーで活動してきました。通訳も経験しましたし、リーグ降格、シーズン中の解任もありました。

ガンバ大阪時代には西野監督のもと、国内3大タイトル、ACLとタイトルを取ったチームの一員として働くことができました。

 

これからできるだけ途切れないよう、いろいろな話ができたらと思います。

このコラムを読んで、少しでもJAPANサッカーカレッジ、スロベニア、あるいは指導者などに興味を持ってもらえると嬉しいです。