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【佐渡研修①】砂金王への道!歴史深い砂金採りに佐渡金山
皆さまこんにちは!
サッカービジネス科です。
11月に佐渡研修にいってきました。
本日より佐渡研修のことについて
5週にわたりご紹介させていただきます。
お楽しみに!
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簡単そうで難しい、
昔ながらの砂金採り体験!
西三川砂金山が発見された
正確な記録はありませんが、
西暦1100年頃の「今昔物語」にのっています。
西三川砂金山は
上杉謙信の軍資金として大いに役立ち、
豊臣、徳川の時代には大量の砂金が掘られました。
佐渡の金・銀山の歴史は、平安時代に
この「西三川砂金山」の発見より始まったと
伝えられています。
細長く仕切った中に水が張っていて、
水は、冬には温水になる優しさ満点
水のそこに小さな金が沈んでいて、
深めの皿のような砂金採り皿で
掬ってぐるぐるまわしながら
砂を落としていくと、
最後に砂金は重いので残って、
自分たちに見えるほどキラキラと光る仕組み・・・
ですが、
なかなか金をお目にかかることは難しかったです。
前屈みの作業で腰が痛くなってきます…
しかし、金を見つけたときの達成感や幸福感は
最高なものがあります!
昔の人はこの作業を繰り返すことで
生活をしていたと考えると、
今の自分達の生きている時代の違いを感じました
金を生み出す山、
佐渡金山を体験してきた
佐渡金山は、1601年に山師3人により
開山されたと伝えられています。
後には小判の製造も行われ、
江戸幕府の財政を支える重要な山となっていき、
1989年に残念ながら、
資源枯渇のため操業を休止し、
400年近くに及ぶ長い歴史の幕を閉じました。
その、佐渡金山の坑道では、
江戸時代の宗太夫坑(右)と
明治時代の道遊坑(左)の2つが
一般公開されています。
入り口は隣り合っていて。
入場料は各800円で、両方なら1200円です。
今回は贅沢に両方
見せていただけることになりました。
中に入ると寒いぐらいに涼しく、
枝分かれした坑道には、怖いくらい本物の人に
見えてしまうくらいのリアルな鉱夫の動く人形と
道具などが再現されていました。
ただ掘るだけでなく、
生きるための換気や排水に多くの労力が
割かれていたことが分かります。
坑内の最後には、
祭礼の様子なども再現されています。
資料館では、12.5kgも重量のある金の延べ棒を
BOXから取り出すチャレンジをしました!
誰一人取り出すことができずに、
伊藤さんがチャレンジすると
ものの5秒で取り出すことに成功!
これがプロの技と
目を疑う速さでみんな驚いてました!
最後に
佐渡金山歴史をさまざまな角度から
教えていただくことができました。
今こそ工業が発達していますが、
昔ながらの砂金採りの方法で、
少ない報酬で長時間昔の人がこれを
ずっと行っていたと思うと、
相当辛かったのだと感じました。
洞窟内には、
原始的ながらしっかりと工夫がされており、
この現代でも受け継がれているようなものもあり、
今のものも昔からの知恵を
利用しているのだなと思いました。